学生寮生活で感じた、一番はじめの壁とは!!

   

ボクが留学したとき
ボクは高校をでたばかりの18歳でした。

アメリカの大学に留学すべく
アメリカの大学付属の語学学校に入学

そして滞在は
大学の学生寮でした。

大学の学生寮だったので
とても大きな敷地の中に

たくさんのビルディングがあり
そのうちの1つが語学学校の生徒の寮になっていました。

高校をでたばかりのボクは
1人暮らしはもちろん初めて

そんなボクが
最初にぶち当たった壁は

「自炊」でした。

日本では
実家でしたので

ほとんど料理をしたことがなく
あったとしてもインスタントラーメン程度。

それがいきなり3食自炊になるわけですから
何を作っていいか分からず

食べたいものがあっても
作り方が分からない。

さらにいまから20年前の話なので
インターネットもなく

当然クックパッドなどの
便利なアプリも無かった訳です。

ただ毎日外食というのは
金銭的にも
健康的にもよろしくなく

周りの日本人留学生の助けを得ながら
少しずつ料理を覚えていきました。

ただ幸運なことに
LAには日系マーケットをはじめ
韓国マーケット・中国マーケットなど

アジアのスーパーマーケットがたくさんあり
食材調達に困ることはありませんでした。

また食材の買い出しには
先輩留学生に車を出してもらい

一緒についてきてもらうなど
たいへん助けてもらいました。

ただし、単にマーケットに買い出しにいっても
何を作るか

もしくは何を作れるのか分かっていないと
何を買っていいかが分からないので

ある程度買い出しにいく前に
作れるもののプランを立てて

食材を調達に行ってきました。

当時ボクが作っていたものは
「みそ汁」
「ご飯」

それに「おかず」を
一品作っていた訳ですが

そのおかずは
本当にはじめのころは

目玉焼きだったり
おかずと呼べるものではありませんでした。

それでも
そのうちパスタが作れるようになり
チャーパンを作ったり

肉じゃが
焼き魚などなど

レパートリーが増えていくのですが

それはボクが入った
お部屋のシステムのおかげだったともいます。

ボクのお部屋は
リビングを挟んで4つのお部屋があり

その部屋に2人ずつ留学生が住んでおり
合計8人の共同生活でした。

そしてボクの除く7人が
なんと全員韓国人だったのです。

ボクのお部屋は
他の留学生には

「リトル韓国」を呼ばれてるお部屋で
みなさん、もれなく話す言葉は韓国語

ボクもはじめのころは
英語に加えて

韓国語も覚えていました。

そんなお部屋にはルールがあり
それは夕食はみんなで交代に食事を作り

一緒に食べること。

今思えば
学校の寮なので

そういったルールは完全に
個人の自由なのですが

18歳だったボクは
そういうルールなら

ボクが当番のときは
何か頑張って料理を作らなくては!!

と思ったわけです。

朝&お昼はそれぞれ個人なので
頑張る必要はないので

自分が当番の
夕食のとき

何を作ろうか
18歳のボクは

そのときなりに
いろいろと考えて作っていました。

当時は当番制のルールは
けっこう憂鬱でしたが

今思えば自炊の腕が上がったので
結果オーライだったのかもしれません。

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